【安達】まず私から⼝⽕を切らせて頂きます。
いま政府が進めているデジタル庁構想ですが、ここ最近の報道されている内容を⾒る範囲では、個⼈的に少々危うさを感じています。例えば、⾏政への届出⽂書への印鑑の省略や、マイナンバーカードに保険証や運転免許証との⼀体化などです。これらの施策は、デジタル化を進めるうえで⾮常に前向きな施策だと思うのですが、そうした施策を実施する前に考えておくべきことは、安⼼・安全なネット環境をいかに確⽴していくかではないだろうかと思います。
マイナンバー⼀つとっても、個⼈情報が丸裸にされるのではないかといった国⺠の懸念は拭いきれておりません。もちろんマイナンバーによって個⼈情報がたどれて、丸裸にされることは仕組み上絶対にあり得ないのですが(笑)、⼤量の個⼈情報が流出した事件や、⺠間の決済⼝座を悪⽤して預⾦が引き出されるなどのネット犯罪は現実に起きているわけです。
また、SNS を介したいじめや炎上、フェークニュースなども後を絶たず、デジタル社会に対して漠然とした不安を感じておられる国⺠も多いのではないかと思うのです。
そこで、デジタルを国⺠⽣活に根付かせるためにも、デジタルによる安⼼・安全で暮らしやすい社会を構築するための構えを確⽴させることこそが、デジタル庁が真っ先に⼿を付けるべきことではないかと思います。
⾏政への届出のためのハンコをなくすことや、マイナンバーカードの利⽤範囲を広げたりすることも⼤いに結構ですが、このような個別の施策を講じる前に、安⼼で便利な社会⽣活を実現するための基盤固めこそデジタル庁に課せられた課題ではないかと思うのです。そこで、いま政府が進めようとしているデジタル化の取り組みについてのご意⾒を伺いたいと思います。【榎並】政府のシステム設計の考え⽅は、システムの機能ばかりにとらわれていて、システムの運⽤について考えていないことが指摘できます。いくら機能があっても⼈による運⽤が回らないとシステムは動かないのですが、これまでの運⽤停⽌された電⼦申請システムなどの例を⾒ても同じことが⾔えます。
ハンコの問題も、電⼦的に本⼈確認する機能としてはすでに電⼦署名があります。現在テレワークをやっているのに、なぜわざわざハンコ押すために会社に⾏くかと⾔うと、会社の丸印に該当する電⼦署名は制度として存在するのですが、⾓印に該当する電⼦的⼿段がないからです。領収書とか請求書とか⾒積書とかに実印に相当する丸印を押せるかと⾔うとそれは機能としては可能なのですが、運⽤上無理だろうということで、その⾓印に当たる e シールというものを政府が検討しています。個⼈の場合は、実印の代わりになるものとして署名⽤の電⼦証明書がマイナンバーカード⼊っているので、それを使えばよいのですが、普通認印として押しているハンコに対応する電⼦的⼿段があるかというとありません。では、認印の代わりに実印を押すかというと、機能としては可能なのですが、普通は嫌だと思うでしょう。認め印に代わる電⼦的⼿段が設計されてないのです。機能としては実印だけで動くのですが、認め印レベルの本⼈確認に実印は使いたくないという現実の運⽤をきちんと考えた上で、認め印レベルの本⼈確認が本当に必要かも含めてシステムの全体を設計しないと、世の中旨く動いてくれません。
【仙波】私は新しいデジタル庁を何故作るのかということがよく分からないのです。今も政府 CIO などがありますね。それが少し気になる。そういう組織とどういう⾵に住み分けていくのかなということがよく分からないのです。それらの組織は⼀緒になるのですか?
【森⽥】私もまだデジタル庁の中⾝を具体的には知らないのですが、基本的に各省が持っている権限をどれくらい持って来られるかが問題です。システムの予算査定に関しても、今は、政府 CIO や IT 戦略本部の⼈が承認しないと予算要求できない仕組みになっています。
初代の政府 CIO は、無駄なシステムや査定がベンダー任せになっているところを削れということで⼤幅に削りました。それは数千億円のオーダーだと思いますが、最初はそちらに注⼒していた。そのため使う⽅はマイナンバーは使えないし、申請を電⼦化するといっても相変わらずハンコの仕組みを電⼦化するもので、⼀向に進化しませんでした。海外の業者も使う税関の関税申請などはもう 90 数パーセントも使われている反⾯、⺠間の普通の申請のようなものはほとんど使われていない。ですから、e-TAX のように年に⼀回の業務のためにカードリーダを買ったり、ソフト⼊れたりなどの初期投資負担に加え、学習のコストが毎年かかるわけで、税理⼠さんならともかくとして普通の⼈が使うには⾮常に不便だろうと思うのです。
誰が使うのか、使う現場が便利にならなければしょうがないではないかといった議論があったのですが、まずはコストカットをめざしたということです。コストカットが⼀段落して、前政府 CIO の任期の最後のあたりから新しいグランドデザインのようなものを作り、それがある程度進み始めた時に今回のコロナの問題が起こって⼀気に⾏こうということになったと思います。
【仙波】政府 CIO もそうなのですが、今度のデジタル庁は⾏政改⾰とのすり合わせが⾮常に⼤切だと思うのです。
⾏⾰をやるためにデジタル化が必要であって、デジタル化するために⾏⾰というのはあり得ない話なので、ここをうまく対応して進めてもらわないと全く意味がなく、今までの継ぎはぎのデジタル化のままだと思うのですね。いま聞こえてくる話はそうした話ばかりで、オンライン診療をどうしましょうとかそういう話ばかり聞こえてくる。⾏⾰をデジタル化でいかにうまくやるかというストーリーが⾒えてこないなと感じるのです。
【安達】たしかに、ツールにばかり⽬を向けた断⽚的な政策ばかりが多く発出されているように感じますね。⼀つ⼀つのツールや⼿段にこだわって実現計画を描いても、結果的に社会全体の⽅向性をしっかり⾒定めないとおかしなものが出来上がってしまうように思いますし、それが私も⼀番恐れていることです。
【森⽥】そうですね。本当にパーツパーツの細かいところにこだわり、全体の中でそれがどういう意味を持つかという話がないです。私もこれほど急速に話が進むとは思ってなかったのですが、相変わらず部分最適化のようなシステム設計の話が多いですね。
例えばコロナ情報を集める HER-SYS (ハーシス)1という仕組みがありますが、こういう情報があると良い、さらにこういう情報もあると良いとばかりに、厚労省が様々な情報項⽬を⽴てて設計してしまったそうです。確かに、そうした情報が集まれば⼤変貴重な情報になるのですが、⼊⼒することの⼿間というのを考えてなかった。そのため、⼀つはシステムがなかなか繋がらないため「ウチはウチ流のやり⽅でやる」という東京都などの例もありましたが、もう⼀つは繋がったとしても現場の医療従事者が患者の対応で忙しい時にそんな⾯倒なことを⼊⼒できるかということになってしまっています。
つまり、フォーマット設計の段階から現場指導者の意⾒とかそういうものがあまり反映されていなかったということらしいですね。
今度、医療情報関係も動き出します。被保険者番号を ID にしてマイナンバーカードを保険証として使えるようにするという仕組みですが、こうした仕組みに抵抗を感じていた関係団体などがなんとか飲んでくれる範囲で少しづつ⼀歩⼀歩前進しているのですが、結局はそこ⽌まりなのです。例えば介護、医療保険や年⾦、負担の調整とセットであのシステムをもっと他とつなげていく仕組みを作ろうという視点はない。例えば運転免許証の更新の時の健康診断や、今回のコロナに関して基礎疾患のあるハイリスク者を選別するためにフィルタリングする仕組みとか、それらをリンクさせていくことは⾮常に難しいのではないでしょうか。
しかもセキュリティを⾮常に重視した結果、かなり使い勝⼿の悪いものになって、それを⼀気にやろうとするのがデジタル庁だとすると、これまた何年後かに必ず後悔をすることになると思います。ならばそこを突破するような提⾔というのをどこかできちんとしないと、お隣の韓国のような使い勝⼿の良い仕組みにはならないと思うのです。デジタル庁構想は⼤いに結構なことで、やっと進むようになったかと思いますが、これではどんどん先進国から引き離されていたのが、少しは引き離され⽅が遅くなるかなという程度の気がします。基本的にデジタル化というのはあくまで⼿段であり、ツールであって、それによって何が便利になっていくのか、何を⽬指すのかが⾒えてこないと、なかなか国⺠の⽅に理解されないのではないかと思います。